
1993年の3月にロスに来た私。といってもその当時1歳の息子がいたので、半年間は子育て一本。でもそのうち音楽の虫がむずむずして「なんかしたい。」「外に出たい!」で、仕事探しをすることに。
まず、知り合いで音楽関係の仕事をしてる人が全くいなかったので、とりあえず電話帳でmusicのセクションを開き”ミュージシャンズ・コンタクト・サービス”という会社を探して電話した。その当時で確か$45払うと2週間ジョブ・リスティング・ホットラインという電話番号にアクセスすることができた。でその中から自分ができそうな仕事を見つけて先方に電話するという手順だ。3日目に電話したときイタリア歌曲をレコーディングしたいという人がピアノ奏者を探しているのがわかり、早速連絡した。こうして私はロスに来て初めてのレコーディングの仕事をゲットしたのだ。
レコーディングの前日そのおじさん(もう名前も覚えてない)は私のアパートまで楽譜を持ってリハーサルにきた。ふとっちょでちょっとこわそうな人だったけど、なにしろ初めての仕事でウキウキしている私は「じゃあ、どの曲ですか?」とおじさんのリストを見ていた。で、歌い始めたら「な、なんだこりゃ〜!」おじさんの声は異常に大きくおまけに音程も悪く思わず耳をふさぎたくなるほど。思い出したのは、ドラエもんのジャイアン。あの歌唱力にはまいった。その時何かイヤ〜な予感がした私であった。その翌日、おじさん指定のハリウッドのスタジオへ。おじさんはヴォーカル・ブースに私はガラスをはさんだコントロール・ルームにエンジニアの彼とスタンバイ。あれは3曲目のバラードを録音してる途中、ふっとガラスの向こうを見るとおじさんはなんと感極まって、おしっこをしてしまった。見ると、おじさんの足下に大きな水たまりができている。おまけにエンジニアの彼からあれだけこっぴどく「落とさないでね。」と言われたマイクを落としてしまい踏んだり蹴ったり。。。私は本当に目が点になってしまい、ピアノどころではなくなってしまった。
とまぁ、いろいろハプニングがありながら無事5曲の録音を終え、さてギャラをもらおうと思ったら、約束の$60じゃなくて$50しかくれない。ただでさえ安いのに$10値切るなんて許せないっ、と引き下がらなかったら、なんとおじさんはシャツを脱いでお腹に巻いた財布の中からシブシブ$10札を出して私にくれたのだった。なんだ、この人!という、私の初めてのレコーディングの仕事でした。あのおじさんは今でもイタリア歌曲を歌ってんのかなぁ?









