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Music Chan ミュージックちゃん

Music Chan ミュージックちゃん

Archive for July, 2007

初めての黒人バンド

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今まで、黒人音楽をあまり知らなかった私が、例のミュージシャン・コンタクトサービスである黒人バンドがキーボードプレーヤーを募集していることがわかり、オーディションに行くことになった。その当時は3歳だった息子連れでノースハリウッドにあるスタジオに行くと、バンドリーダーのマイク(ドラマー)とアート(ギター)が待っていた。で、二人は次から次へとR&Bのカバーソング(ヒット曲)の名前を言って、「これ知ってるか、あれ知ってるか?」と聞いたが、私はジャズは知ってても、R&Bはあんまり免疫がなくどれもこれも全然知らなかった。二人は「ちょっと待っててね。」と言って、奥の部屋に行きこそこそ話してるのがちょっと聞こえてきて、She Ain’t Good. 「あの子は全然だめだ。」と言っているのがわかり、ここはなんとか名誉挽回しなければ、と「すいませ〜ん。バンドのレパトーリーの曲のカセットテープってありますか?」と聞いたら、全部で30曲はいったテープがあるとのこと。なので、とりあえず、そのテープの曲を全部覚えてくるから、と約束し1週間後に会うことにした。今から考えたら笑っちゃうが、その当時ジェームス・ブラウンもプリンスも知らなかった。
 さて、1週間30曲を全部楽譜に書き、猛練習してまたスタジオでミーティング。「どの曲がいいですか?」とりあえずマイクの選んだ1曲目を弾いたら、アートもマイクも目をパチクリ!とにかくキーボードパートといえるものは全て楽譜に書き音色もきちんとセットアップしたので、二人とも本当にびっくりしていた。3曲目を弾き終わって、二人がまた奥の部屋で話しているのが聞こえた。今度はShe is all right.「なかなかいいじゃないか。」ということで、私は初めての黒人バンドの仕事をゲットした。

死ぬまでポルカ?

Polka Final
おしっこもらしのおじさんとのレコーディングを無事に終えた私はめげずに例のミュージシャン・コンタクトサービスのジョブ・リスティングに電話して、キーボード奏者を探しているジョージという人のナンバーをゲットした。このジョージは出会ってからわかったのだが、ルーマニアの人で彼と仕事をするのもルーマニア・レストランだということがわかった。
年末が近づいていたので、仕事は大晦日の夜、で曲はカセットテープにもらった。これが1994年、私のロス・ミュージシャン生活を飾る最初のライブギグとなった。
 もらったテープを聴いたら、あとからあとからポルカの曲ばっかり。とりあえず、全部楽譜に書きジョージとの2度目のミーティング。楽譜を見ながら、次から次と曲を弾く私に彼は大喜びだった。曲自体は難しくも何ともないけど、問題は曲の題名がルーマニア語なので、じゃあ次は何々。。。と言われても曲名が覚えられない。これは慣れるまで大変だった。なにしろこの大晦日のギグで気にいられた私はそれから1年半というもの、このルーマニア・レストランで毎週末仕事をしたのだ。レストランには専属のシンガー(この人の名前もジョージ)がいて、彼はとっても面白い人。っていうか、いかにもっていうタイプのゲイでとにかくワインを飲むときは小指を立てる、ステージの上では女の子のようにおしりフリフリして踊る、本当にマンガに出てくるような世界だった。ジョージのレパートリーは結構幅広く、ルーマニア語の曲だけじゃなくイタリア語、スペイン語、ヒブルー語、ポルトガル語というあらゆる言葉で歌った。カラオケボックスに行って必ず歌うのは「ベサメームーチョ」という母親に育てられた私なので、なんと、彼のレパートリーの中には知っている曲が多く、彼の歌もまんざらでもなかった。と、大晦日の夜、9時から演奏開始、1セット目を無事に終えた。2セット目、もう夜の10時すぎ、そろそろアルコールも入って気持ちよくなってきたお客さんはバンドがあるポルカの歌を弾くと、みんな立ち上がって踊りだした。で、そうこうしているうちにその曲も終わり、次の曲もポルカ、その次もその次も。それもだんだんテンポが速くなってくる。ふっと、時計をみると11時すぎ。バンドリーダーのジョージのほうを見たが、演奏が終わりそうにもない。この時点でお客さんはみんな輪になって大騒ぎしながら踊っている。私のほうは、というとベースプレーヤーがいないので左手でベースパートまで弾いていたので、あんまりテンポが速くなって、ウンタン、ウンタンのウンだかタンだかわかんなくなるほど頭がごちゃごちゃになっていた。一晩中ポルカを弾き続けて、なんとギグが終わったのは夜中の3時。いくらお金のためとはいえ、ここまでするかなぁ。。とちょっと悲しくなってしまった。でもそれから1年半私は毎週末がんばってそのレストランで演奏し、終わり頃には、ルーマニア語でポルカの曲を歌えるまでになり、私の歌を聴きに来てくれるお客さんまでできて、(みんな年寄りのおじちゃんばっかりだった。)いっぱいチップももらうようになった。
 ポルカ自体は別に大好きという訳ではないが,ルーマニアのポーク・チョップやチキンカツがおいしくて仕事に行くたびに食事の時間を楽しみにしていた私だった。でも、1年半たってR&Bのバンドに入ることになってポルカにサヨナラした。

ロスでした初めての仕事は?

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1993年の3月にロスに来た私。といってもその当時1歳の息子がいたので、半年間は子育て一本。でもそのうち音楽の虫がむずむずして「なんかしたい。」「外に出たい!」で、仕事探しをすることに。
 まず、知り合いで音楽関係の仕事をしてる人が全くいなかったので、とりあえず電話帳でmusicのセクションを開き”ミュージシャンズ・コンタクト・サービス”という会社を探して電話した。その当時で確か$45払うと2週間ジョブ・リスティング・ホットラインという電話番号にアクセスすることができた。でその中から自分ができそうな仕事を見つけて先方に電話するという手順だ。3日目に電話したときイタリア歌曲をレコーディングしたいという人がピアノ奏者を探しているのがわかり、早速連絡した。こうして私はロスに来て初めてのレコーディングの仕事をゲットしたのだ。
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そんなこと一口に言えっていわれても。。

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さて、どうやってプロになるか?っていわれてもそんなこと簡単には言えません。というかプロミュージシャンの定義って一体何か、っていうことです。友達の裏庭のバーベキューパーティで演奏して、$50もらうのと、世界中をツアーして月々$100.000もらうのも、まぁ自分が演奏することで、お金を稼いだという点に関しては同じだし。結局自分がどの程度のプロになりたいか、っていうところかな。

それにプロとしてアメリカの音楽業界で食べていくと一口に言ってもそれはそれは、数多いオプションがあります。まず、ライブ・ミュージシャン。ライブのギグを中心に仕事をしているグループ。スタジオ・ミュージシャン。スタジオのレコーディングを中心に仕事をしているグループ。とはいってもこの2つのグループの両方をかけもちでがんばってる人がほとんどです。あとは、演奏ではなく、サウンド・エンジニアとして活躍している人もたくさんいます。またその中にも、ライブ中心の人とスタジオ中心の人がいます。ソング・ライターという可能性もあります。いい曲をいっぱい書けるとパブリッシング・ディールといって、決まったサラリーをもらってある会社のためにひたすら曲を書くというオプションもあります。あと、私のようにコピーイストといって、楽譜書きをコンピューターでする人。結局自分が何が得意で、どんな仕事をしていたら楽しいか、自分のライフスタイルに合っているか、っていうのが究極のクエスチョンですね。それで、好きなことをしながら食べていけたらこんなに幸せなことはないっていうこと。なにしろ、一口には説明できないので、今回はこれでおしまい。

3つの重要ポイント

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私は、ここロスに住んでかれこれ16年になります。その内の15年はプロのキーボード奏者として仕事をしてきました。広いとは言え、ミュージシャンにとって、ロスは”スモール・ワールド” 新顔でうまい人がほかの町からやってきたりすると、すぐ噂が広がります。また、ギグに遅刻したり、リハーサルをすっぽかすようなことがあってもすぐ噂が広がって、「じゃあ、xxさんには電話しない方がいいね。」っていうことになってしまいます。なので、

まず1番大切なのは、時間や約束をきちっと守る。ということです。どんなに才能があって指が早く動いても、時間どおりにギグに来なかったり、決められた服装をしなかったら大きなマイナスです。

2番目はもちろん英語をしっかり勉強すること。私の場合、自分が自分のマネージャーなので、金銭的なことからすべて自分で交渉しなければなりません。そんな時英語が思ったようにしゃべれないと、先方のいいように話が進んで、あとで「あれっ?じゃあこんなに働いてギャラこんだけしかないの〜っ。」ということになってしまいます。
 3番目に大切なのはジャンルをとわずいろんな音楽に挑戦すること。ジェームズ・ブラウンもプリンスも知らなかった私が、ファンクの大御所である「リック・ジェームス」と演奏できるまでにはやはりいろいろ苦労がありました。でもどんなギグがきても断らずにいろんなジャンルの音楽に挑戦したことが、結局成功につながったと信じています。ということで、第一回はこんな感じかな。また2回目を楽しみにしてください!